


りんご「緋の衣」物語
旧会津藩士赤羽源八が、入植地の北海道余市町で苦難の末、国内初の民間栽培・商品化に成功したりんご。江戸末期、孝明天皇が信頼の証しとして会津藩主・松平容保に与えた「緋の御衣」と、戊辰戦争降伏時に敷かれた「緋毛氈」という会津にとって明暗両方をイメージして名付けられたという。現在では幻の品種で、余市町の農家から原木の枝を譲り受け、会津の地で復活に取り組み、結実に成功した。
商品化までの流れ
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平成10年12月 北海道余市町が、町制100周年を迎えるにあたり、会津若松市との交流会を打診。余市町は会津藩が入植した際、日本で最初にりんご栽培に成功した地で、現在も藩士の末裔が現存するとのことから、りんご栽培農家との交流の場を設け、技術交換や経営改善を図ってはと、宮森氏より会津平成りんご研究会へ呼びかけ。 平成11年2月 会津平成りんご研究会が、県の「地域づくりサポート事業」を活用し、余市町との交流を開始する。 平成11年7月13日〜16日 北海道余市町訪問。現在もりんご栽培に取り組む会津藩士子孫との交換会を行う。 平成12年2月23日〜25日 再度余市町訪問。23日に原木(苗木)の譲り受け式。 平成12年4月〜 会津で接ぎ木を開始し、順次、各農園に植樹。 |
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平成12年10月23日 会津総合運動公園に「緋の衣」2本記念植樹。記念碑・案内説明板設置。 平成17年9月22日 結実報告会。 平成18年9月〜 ブランド確立に向けて動く。 平成19年4月〜 会津若松市の地域ブランド確立事業を活用し、「緋の衣」加工品開発開始。 平成19年5月1日
キャッチコピー・キャラクターデザインの公募開始。 |
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平成19年7月26日 審査委員会各1点選考。 平成19年10月16日
加工品等をお披露目。 |